<   2011年 03月 ( 18 )   > この月の画像一覧   

東京です。   

11時までに車を返さないといけなかったので、早起きして東京に帰ってきました。

日向の公園の桜がちらほらと咲いていました。

そんな季節になりました。
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by SAPPORO_MIYAGAOKA | 2011-03-31 13:04 | Comments(0)

今日は早めに寝なくては。   

今日は遠刈田温泉にてお昼+温泉でした。

夕方にガスが開栓しました。これでコンロもお湯もお風呂もOKです。

今日も津波の被害のあった地区を通りました。
色んなことを考えます。
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by SAPPORO_MIYAGAOKA | 2011-03-30 22:04 | Comments(0)

ひと時の安らぎ、そして悲惨な現実。   

山形に行ってきました。
上山にあるそば屋さん(そば処 やぶいち)で昼食をとった後(そばも天ぷらも、すごくおいしいのです)、蔵王温泉の露天風呂へ。露天風呂はすごくぬるく、内湯はとんでもなく熱かったのでさっさとあがってしまったが、気持ち良かったです。スキー場は閉鎖していて閑散としていました。

山形でも閉まっているガソリンスタンドは多かったのですが、開いているスタンドもあり、並んでもいなく、普通にガソリンと、灯油を買うことができました。県境を超えて宮城に入ると、依然開いているごく一部のスタンドには長蛇の列です。

そして、津波の被害を受けた地域に入ってみました。
凄まじいです。
広島からの消防隊も応援に来ていました。
自衛隊員も見かけます。
遺体を探しているのでしょう。
知っている土地だけに、一層気持ちが揺れます。
母親の故郷には、途中で道が途絶えて行けませんでした。
皆さんが映像で見ている光景そのものなのですが、やはり実際に目の当たりにすると、愕然とします。

実家は、もうそろそろガスも復旧しそうですが、今日はまだガスはなしです。
電気や灯油ストーブでお湯を湧かしてバケツ二杯にため、それを浴室に持っていき、水で薄めて頭や体を洗います。
それは不便だが、お湯を沸かすことはできるし、それに、あまり暖まらないとは言え家には浴室に暖房まであります。

ガスが復旧して、ガソリン騒動が収まれば、実家にとってはかなり平時に近づくと思います。
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by SAPPORO_MIYAGAOKA | 2011-03-29 22:03 | Comments(0)

実家です。   

とにかく、家族の顔を見られて良かった。

ほっとしました。

小さい頃、両親が忙しく、私は母親の学友に預かって頂いたのですが、その方にお会いすることができました。

おそらく、僕が僕たるゆえんの一部は彼女たちの教育に寄るものだって思いが、僕自身にも、それから彼女夫婦にもあると思います。
僕にとって、彼らは父親でも母親でもないが、でも、引け劣らない影響を与えてくれた人物でした。

僕自身誇りに思っているし、彼女らもそう思ってくれていると思う。

とても大切に育てられました。

そんな、第二のお母さん、お父さんに、本当に久しぶりに会うことができました。
本当に良かった。

そのあとは被災後実家にいた父親の姉夫婦のうちへ。
普段他人との関わりを極力避けていて、
家族間ですら個人主義の徹底をするようなウチなのですが、そんな環境で育った自分でさえ、今回は気にかかった親戚がいたのでありました。

そして、会うのは10年ぶりくらいか、親戚のうちに行ってみました。
自分より1学年上のお姉さんがいるのですが、小中学生の頃とか、すごく憧れていたんですよね。
だって本当に可愛かったのですよ。
久しぶりに見る美樹ちゃんは、すっかり大人になっていたが、やっぱり可愛かったですよ。
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by SAPPORO_MIYAGAOKA | 2011-03-29 02:02 | Comments(0)

帰省です。   

実家に帰ってきました。
色んなこと書きたいんだけど、今日はとりあえず。

東北道から見える山々、美しかった。
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by SAPPORO_MIYAGAOKA | 2011-03-28 23:53 | Comments(0)

今日の空   

c0157625_135395.jpg天気が良いし、どこかぶらぶらしようと思って外に出てみると、風が冷たい。
いつもの雑司ヶ谷へ。ここでも紹介したお店で天丼を食べ、雑司ヶ谷霊園に行ってみた。
けっこう墓地好きなのです。
お彼岸は過ぎたが、それでもいつもよりは色があって、線香の香りも漂い、雰囲気がありました。
お決まりの永井荷風と泉鏡花のお墓にお参りです。

さて、実家ですが。

まだガスは止まっています。お店が混雑していて、並ばないと買えないようです。それと、やはりガソリン、灯油は足りないようで、いつ入荷するのか分からないスタンドに何時間も列を作って待っている状態だそうです。あと、近くのコンビニは閉まっているとのこと。

まだまだ行かない方が良いのだろうか。行ってもお荷物になるだけかも。
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by SAPPORO_MIYAGAOKA | 2011-03-26 13:19 | Comments(0)

飲むと眠れない。   

分かり切っていたから避けていたのだが、結局今日はお酒を飲んでそのあとだらだら。
どうも眠れない。お酒が原因かなって思って、しらふ、かつ食事もナシの状態で眠りにつこうとするがそれも効果無し。
眠れなかった。
それなら飲んじゃえと思って飲んでみるとやっぱり眠れん。

一体どうすれば眠れるんだ。

眠れないのは勘弁願いたい。

やはりお酒は一時封印なのが良いのかも。
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by SAPPORO_MIYAGAOKA | 2011-03-26 01:04 | Comments(0)

あれから2週間。   

旅に出ていたら、今頃はインドのジャイプル辺りか。
アプリコットの咲き乱れるフンザ、見てみたかった。

そろそろ高速バスも空席が見付かるようになってきた。
でも、新幹線の3倍以上時間がかかる。
面倒だ。
レンタカーも借りれそう。
でも、東京では収まってきたものの、現地ではまだ深刻なガソリン不足なのだろう。
バスに比べると高速代高いしな。ETCなんて持っていないし。
何だかんだで理由を付けて、未だ東京でくすぶっております。
一刻でも早く家族の顔を見たい。それは本心です。
しかしまだガスは通っていないだろうし、料理や風呂の問題は依然深刻です。
それならもう少し待ってみてもと思っても見るが、やっぱり、取りあえず会いたいのですよ。

もちろん、実家に帰る最大の理由は、家族の顔を見ることです。それが何よりです。実際に行ったら、風呂の問題や暖房、あと食料もかえって迷惑かけてしまうのだろうけど、でも、やっぱり会いたいです。

そして、家族に会うのは自分のためでもある。兎に角一度家族と会って、話しをして、そして状況が許せば旅立ちたいことを伝えないといけない。色んな状況が切迫しているなかで、こんな状況でも旅に出るのかって思われるかも知れないし、それに、その後の自分自身の生活の事を考えるとなかなか厳しい面もあるのは十分承知なのだが、でも。やはり旅に出たいと思っている。
そうやって生きて行くしかないんだ。そうやって生きて行きたいんだ。

ひとつひとつクリアするためにも、近いうちに家族とは会いたいと思っている。
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by SAPPORO_MIYAGAOKA | 2011-03-25 23:19 | Comments(0)

ようやく   

部屋が片付いてきた。
あの地震で、冷蔵庫がだいぶ前に移動して、その壁との隙間の汚さにびっくりして、この際大掃除でもしようかと思ったのだが、思っただけで結局はしなかった。でも、あの時以前の部屋の状態までには何とかした。
パッキングしたままでいたザックも、やっと今日荷をほどいた。

旅は仕切り直しだ。自分にとっては旅をすることはとても大切なことなので、時期を見て可能ならば旅立ちたいと思っている。
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by SAPPORO_MIYAGAOKA | 2011-03-21 20:19 | Comments(0)

その後のこと。   

実家の状況を少しお話しします。

実家では、電気と水道は問題なく通じているようです。
現在、父親の姉一家が家に避難していますが、その家族も近いうちに自分の家に帰れる可能性が高いそうです。なので、父親曰く「最後の晩餐」をしているそうです。父親の表現が適切かどうかなんて、それに、自分が書いているこの文章も問題があるかどうかとか、この際抜きにしましょう。父親は少し酔っているようでした。
自分は、それはとても良いことだと返しました。違う状況に立たされている人からは、お酒を飲んでいるなんてと思う人もいるかも知れません。しかし、私は、今、父親が好きなお酒を飲んで、気持ちが少しでも緩んでいることに、とても安心感を覚えます。
私自身、あの地震以来、いつにも増してお酒の量が増えています。お酒を飲むことで何とか時間を過ごしている。そんな感じでしょうか。
お酒に使えるお金があるなら、その分被災者に使えとか、考えなくはないです。
しかし、そんなことをどうこう言ったって始まらない。それぞれの生活を続けて行くしかないと思うのです。

実家は、失った財産はほとんどないようです。
家は、内壁に亀裂が走ったり、窓が開かなくなったりと、それなりの被害があるようですが、車も無事ですし、財産という点ではほぼ被害はないようです。

母親の実家は、現在どのような状況なのかも知り得ていません。母親の姉は、現在病院に入院しており、退院したら、実家で生活する予定です。その息子(自分にとってのいとこ)は、現在避難所にいるようです。彼も、私の実家に避難することは可能でしょうが、仮設住宅の申し込みなど、避難所を離れてしまうと情報が途絶えてしまうので、彼は避難所にいるそうです。

母親の故郷は、まだ手の付けられない状況のようです。一般は立ち入り禁止なのでしょう。
もし残っている物があるのならば、それを探すこととか、何か出来ないかと思ってみたりもするのですが、まだそんな状況ではないようです。
まだまだ現地入りするのは先のようです。

生きているだけ良かった。もう絶望的な親戚の地区の映像を見たあと、生存の確認が取れて、そう思いました。今でもそう思います。
しかし、それはあくまで生きている人間の理屈なような気がします。
生き残った人は、この先のとてつもない困難をも乗り越えて、生き続けることでしょう。
自分は、今もお酒を飲んで、シャワーも浴びて、そしてすやすやと眠ることでしょう。

バランスなんて、暫くはとれそうもありません。

韓国の友人からのメールを日本語に意訳して一部引用します。

私は事態が好転することと信じています。
みんなが祈っています。そして、神はそれに答えを出してくれるでしょう。
それに、日本人は十分に力強いので。

自分もそう思います。

彼女の言葉に、凄く救われます。
他の方々からも、とても気遣って下さるのを、ひしひしと感じています。

ありがとう。
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by SAPPORO_MIYAGAOKA | 2011-03-17 19:29 | Comments(0)